三ヶ岳
(みつがだけ)
京都府でただ一ヶ所の村、南山城村にある童仙房は茶畑の高原です。明治維新で職を失った武士を救うために京都府が1868年(明治元年)に開墾して士族に入植をすすめました。翌年から一般の開拓者も入りました。そのご一時は学校や郵便局なども設置されるくらい隆盛しましたが極めて不便な位置であるため衰退し過疎化しました。1981年には南山城横断林道が開通し近年は、お茶のほかトマトなど抑制栽培野菜も出荷しています。現在85世帯268人が住んでおられます。(2001年1月末、南山城村企画課調べ)
三ヶ岳へは童仙房一番(最初に入植された地域でこのような地名になっています)と二番の間の茶畑が尾根近くまで広がっていますが、これを登ること20分で到達できます。山頂は雑木林に囲まれていますが木々の間から加茂町の集落が望めます。三角点は元は1889年に設置されましたが1970年に新しい標石に替わっています。
クノスケ
点名:野殿村
地図:笠置山
どうして、このような山名になったかわかりませんが昔からクノスケと呼ばれています。童仙房の東にある野殿の集落の南に弁天池というのがあり池のそばには小さな社と「明治四四年無格社市杵島神社」の石碑があります。この池から林道が西に向かっていますが林道を登りきった峠のところが茶畑の上になり、そこから笹をわけ暗い踏み跡を辿ればクノスケ山頂に到達できます。三角点のそばにはテレビの中継アンテナがありますが展望はほとんど得られません。
牛塚山
点名:牛塚
地図:笠置山
京都府南山城村の童仙房九番と滋賀県信楽町の西出を結ぶ細い曲がりくねった車道がありますが府県境の峠を牛場越とよばれています。ここから杉林の急斜面を登り尾根にでると踏み跡があり峠から15分ほどで到達できます。頂上は潅木に覆われ展望は童仙房方面の山なみしか得られません。